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屋久島ロケ日記 アーカイブ

2005年05月01日

そのいち

屋久島にまた行ってきた。昨年に続き2度目だ。前回は音の収録のためだったが、
今回は映像作品を作る、ということでビデオもまわしてきた。それもただのビデオ
ではない。ハイビジョン映像である。なにがすごいって、もうそれは今までの
ビデオの倍以上はきれいなのだ。と言っても判りにくいだろうが、見ればすぐ判る。
それくらい格段にきれいな映像が撮れる。今回はそのハイビジョン映像とデジタル
バイノーラル録音による自然音という、今まで誰もやったことのない試みなのだ。

airport_01.jpg

そんなわけで、いつもは単独行を基本とする僕だが、今回はビデオクルー2名を
引き連れてのロケとなった。ビデオ係りはモリモッちゃんと小坂君のふたり。
モリモッちゃんとはもう20年来の友人で、彼が最初にロスに移住したころからの
友人で、仕事も遊びも共にしてきた仲である。小坂チャンはモリモッちゃんが
東京で新しく始めた会社の社員で、熱血モリモッちゃんの右腕的な存在だ。

そんな気心の知れた彼らとの仕事ということと、自然を素材とした僕の作品としては
初めての映像付き、ということで、始まる前からかなりワクワクしていた。
ロスから大阪を経由して鹿児島入りした僕は、鹿児島空港の屋久島行きの出発ゲートで
東京から来る彼らと待ち合わせることにしていた。
先に付いているはずの彼らがゲート付近にいない。携帯で呼び出すと飯を食っている
とのこと。ゲートで待っていると、彼らがやってきた。
よ〜よ〜と再会の挨拶をかわしつつ、まず最初に彼らの手荷物を見てぶったまげた。
カメラのでかさ。そして周辺機材の分量。
僕はハイビジョンカメラがあんなにでかいとは知らなかった。ふた昔くらい前のプロ用
ビデオカメラを想像していただければ良いと思う。そして三脚のサイズときたら、まるで
シュワルツネガーがターミネーター3でブン回していた、バルカン砲くらいのサイズ
なのだ。

ジョー:「ねえ、それ、ホントでかいね。それ担いで山登るんだけど、大丈夫?」
モリモッちゃん:「ああ、平気平気。オレ毎週ジムで鍛えてるし、小坂ちゃんも
担いで歩くの慣れてるからさ。なあ、小坂ちゃん。」

う〜〜〜ん・・・そうかなぁ〜〜??

コイツラ、ヤマヲナメトルナ!・・・・

心の片隅からふつふつと沸き上がり始めた不安をよそに、我々は屋久島行きのプロペラ機に乗り込んだ。
airplane_02.jpg

*この『屋久島ロケ日記』は2005年4月1日から4月12日の間に
行なったロケの記録を元に書き起こしていますので、リアルタイムでは
ありません。

2005年05月02日

そのに

我々を乗せたプロペラ機は、離陸と同時に着陸体勢に入った。まあそれはちょっと
オーバーだが、飛行時間は30分少々なので、ほんとにそんな感じなのだ。
高度が下がるに連れて島の海岸線と真っ青な海がはっきりと見えてくる。
あぁ〜〜、島に戻ってきた! ドキドキしてしまう。
いよいよ屋久島空港に到着だ。タラップを降りて深呼吸すると、優しく暖かい
空気が、都会で汚れた肺の中を清めてくれるような、そんな気持ちになる。
やっぱり島はいいなぁ!

yaku_airport_01.jpg

大量のビデオ機材を受け取って、レンタカー屋さんのお迎えの車に乗り込み、
すぐ目の前の事務所に行き、車を借りる手続きをする。とりあえず、
島の地の利のある僕が運転して、宮ノ浦の町へと向う。
途中屋久島大社に立ち寄り、島の神様にご挨拶する。
これは僕がどこに行っても必ず行なう儀式のようなものだ。
島には島の神様がいる。外から来た人間は、まず島の神様に挨拶をして、
島で音や映像をとることを許してもらう。それが礼儀だと思っている。

それから、屋久島在住の写真家、山下大明さんに会いに行く。山下さんは、
僕が前回島に来た時に知り合った人で、屋久島に長年住んで自然を撮り続けている。
写真集も数多く出されているので、機会があれば是非見てもらいたい。
短期間のロケでは絶対に撮れない素晴らしい写真を撮っている方だ。
我々は山下さんの家を訪れ、ロケーションのアドバイスを受ける。彼は島を
知り尽くしているので、こういう絵を撮りたいのだがと伝えると、それが撮れる
場所を次から次へと地図にマークしてくれた。

限られた日数が惜しい我々は、早速夕景を撮影するために、永田のいなか浜へと
移動した。このいなか浜は僕が大好きな浜のひとつで、撮影候補のまっさきに
考えていた場所だ。丁度日没の1時間以上前に到着出来たので、日が沈む角度を
確かめながら、撮影スポットを探しまわる。
夕日は今回のメインとなる大切な絵だ。僕は太陽が海に沈んで行く景色を延々と
撮り、それをバイノーラルで録る波の音に合わせたかったのだ。
いよいよ日が落ちてきた。あれれれ? いかん! 雲が厚過ぎる!
それに水平線が靄でかすんでいる。あららら、、、太陽が水平線に消えていく
はるか前に、雲の中に落ちていってしまった。

あぁ〜〜あ、、、だめじゃん!!

後で見てみると、それはそれで十分綺麗なのだが、自分がイメージしていた絵とは
少し違っていた。まあいいか、初日だし。明日またトライしよう。
さっさと機材を撤収した我々は、一路飯屋へと車を飛ばした。


*山下大明さんの写真集の情報はこちらから 。

2005年05月04日

そのさん

屋久島の飯は抜群にうまい。まず魚が信じられないくらい美味い!
屋久島は僕が行った場所の中で、おそらく一番水のきれいなところだと思う。
その美しい水が、大量に流れ込む近海で捕れた魚だ。美味くないわけがない。
なんせサバが刺し身で食べれるのだ。いわゆる「首折れサバ」というやつだ。
捕ったその場で首を折り、活け締めにし鮮度を保つ。その日に上がった魚が
すぐに口に入るのだ。トビウオの干物も大好きだ。僕は特別魚好き、というわけでは
ないが、屋久島の魚料理はたまらないほど好きだ。

yak_saba_01.jpg

それに島で作っている焼酎、『三岳』だ。信じられないほどに澄みきった水と
その水で育った芋で作られる焼酎だ。元々島の人が飲むために作られた焼酎だったのが、
昨今の焼酎ブームのあおりを受けて、島の外の人が大量に仕入れていくものだから、
島の中では完全に三岳が品薄になってしまっていた。それでもどこの飯屋でも
お客さん用にはちゃんと確保している。この三岳とサバの刺し身、それに焼き魚でも
あれば、本当に幸せな夕食となる。

モリモッちゃんは大の魚好きだ。小坂も海のものに目がない方だ。
そして三人とも、酒が大好きだ。仕事の後のビールはうまい!まずビールで
のどを潤しながら、突き出しの小鉢をつつくうちに、刺し身盛りが届けられる。
後は焼酎である。三人で軽く焼酎のハーフボトルが空いてしまう。
それで終わるわけが無く、宿に戻って飲む用に用意した三岳をさらに飲む。
小坂はこういう段取りが抜群にうまい。気がつかないうちに、酒やツマミを
用意して、はいっと出してくれる。素晴らしい!!


しかし、翌朝日の出を録る予定にしていたので、あまりムチャな飲み方はせず、
早々に床についた。明日は4時出発だ。さわやかな三岳の酔いに身を任せ、
深い眠りへと滑り込んでいく。

2005年05月05日

そのよん

今日は朝4時集合で朝日を撮るために、島の東側に向けて車を走らせた。
当然あたりはまだ真っ暗。昨夜の焼酎がまだ体内にしっかりと残っている我々
二日酔い3人組は、寝起きのボケも加わって、全員頭はまったくまわっていない。

さて最初に目星をつけていたのは、春田浜海岸。ここは丁度東向きで日が昇って
くる真正面にむいている。なるべく浜に近いところに車を停め、浜に降りてみる。
空は黒い雲で覆われて、風はびゅ〜びゅ〜吹いている。だめじゃん!
明るくなり始める頃まで待ったが、天気は一向に回復せず、雨すらぽつぽつ
落ちてきた。だめだこりゃ。早々に撤収。

ここでビデオ班のふたりは朝飯を食いたい、と言い出した。ふたりとも身体も
大きいしがっちりしている。そんな体格の男だ。もっともな意見だと思う。
しかし、僕は普段朝飯を食わないのだ。まあ、だからといっておまえらも食うな、
というのはあまりにも身勝手なことだと思い、しぶしぶ朝飯案に賛成することにした。

小坂が、「この近くにいわさきホテルありましたよね? あそこで朝飯しませんか?」
どこで調べてきたのか、そういうことだけは良く知ってるな。
いわさきホテルというのは、九州のいわさきグループが建てた大リゾートホテルだ。
素朴な屋久島にはまったく似付かわしくない、恐ろしく『リゾート』なホテルだ。
広大な敷地を誇り、元々あった山を切り崩し、人口の庭園だの散歩道だのを作ってある。
民宿やペンションが主流の屋久島の中にあって、異彩を放つ存在と言ってもいい。
もちろん宿泊代もバリバリ異彩を放つくらい高い。

去年、このホテルに行ってギョ!っとしたのは、そのロビーにそそり立つ縄文杉の
レプリカを見たときだ。なんでもハリウッドの大道具さん(セットクリエーターとか
言うのかな?)に依頼して、縄文杉の樹齢7200年にちなんで、7200万円をかけて
作られたらしい。あぁ〜〜あ。
地元に住む自然を愛する人達は、このレプリカに対してかなり批判的である。
まあそらそうだろうな。確かにサイズや形は本物そっくりでも、見たときの印象は
美人女優とイグアナくらい差があるものな。はっきり言って醜い。
しかし・・・
本物を切って持ってくることから考えれば、レプリカで良かったと思う。
それくらいのアホなことは平気でやりそうな人はいるに違いない。
ひょっとすると、本物を持ってくることを計画したが、物理的に無理ということが
分かり、レプリカで我慢したのかもしれない。いや、きっとそうに違いない!

まあ、そんなわけでそれほど気が進んだわけではないが、可愛いスタッフが飯を
食いたいと言っているのだ。行かないわけにはイカンでしょう。
ホテルに到着した我々は正面玄関からロビーに入り、フロントへと歩を進めた。
ロビーの自動ドアが開いた瞬間から、ホテルの従業員達に緊張の糸が張りつめたのを
感じた。きっと
『オカシナヤツラガキタゾ!』という無言の警報警報が発令されたのだろう。
そんなことにはおかまいなしに、『朝食はどこでとれますか?』と丁寧に訊ね、
場所を確認するとスタスタとレストランに向った。

入り口にはマネージャーらしき男性がにこやかに団体客を招き入れていた。
我々の存在を見つけると同時に、笑顔が凍った。明らかに凍っている。

「あ、あの〜〜、宿泊のお客様ですか?」
「いいえ。朝ご飯食べに来たんですけど、いいですか?」
「あ、あ、、、ど、ど、どうぞ。」

どうやらあまり歓迎されていないようだ。本来なら、ねえもう帰ろうよ、と
言いたいところなのだが、今さら引き返すわけにもいかない。いくら普段朝飯を
食わないとはいえ、うまそうなものを目の前に置かれたら迷わず食ってしまう方である。
朝食はバイキング形式で、和洋共に品ぞろえも豊富で美味しかった。
ビールを頼みたい気持ちを押さえつつ、食事を堪能し、クソ高い勘定を払い、
帰りにニセ縄文杉の前で記念写真を撮った。

2005年05月06日

そのご

さあておなかもいっぱいになった我々おとぼけロケ隊、これからどうしようかね、
って話になった。ひとりだったら、お天気も良くないことだし、どうせナンにも
録れないだろうから、宿に戻ってビールでも飲んで寝るか、ってことになるのだが、
これが複数の不思議さ。みんな心では同じことを考えているはずなのに、誰もそれを
口にしない。まだロケも始まったばかりということや、日数に限りがあるということも
あって、じゃあ、ロケハンでもするか、ということになった。

屋久島といえば、森である。森の美しさというと、白谷雲水峡がピカイチに美しい。
白谷林道を車で30分ほど登ると登山口に着く。ここに車を停めて歩くのだが、
ロケハンだけどどうしよう、まあ念のために機材も持っていくか、ということになり、
フル装備の機材を担いで登山口へと向う。そうするとポツリポツリと雨が降り始めた。
まあ、これくらいなんてことないだろうと、にわかアウトドア派的重装備の我々は、
雨具をまとい登山道を歩き始める。

もう最初の10分で、僕は吐き気がしてきた。息はぜえぜえ、汗はだらだら。
「お、お、、お〜い、ちょっと休もう。」
「まだ登り始めたばかりじゃない。あんた自然音録音何年やってんの?」
何年やっていようと辛いものは辛いのだ。特に最初の10分くらいが一番辛い。
普段は裏通りにあるような、飲み屋の急な階段を上がっただけで、はあはあいって
しまうくらいの体力しかないのだ。
でも、この最初の10分を過ぎると、少しづつ身体が山登りを思い出してくる。
ともかく先のことは考えないで、足下だけを見て1歩1歩前に進む。
辛くなったらすぐ休む。基本はこの2点だけだ。

それにしても、カメラ用の大型バックパックに詰めた録音機材が肩にくいこむ。
でも、撮影隊に比べればましな方である。彼らは一昔前のプロ用ビデオカメラくらいの
サイズと重さのハイビジョンカメラに、バッテリーパック6本、モニター、超大型
三脚、などなど、、、とても山登りするような機材の量ではない。
鹿児島空港で彼らの荷物を見て笑ってしまったことが、今笑い事では無くなってきた。

さて、その登山道。一応地図には「歩道」と書いてあるがだまされてはいけない。
コンクリートの平たい「歩道」を想像していたらエライ目にあう。実際あった。
手ぶらで登ってもかなり辛いところを剛力のように機材を担いで登るのだ。
ダイエットになっていいわ、なんて気楽なことを言っていたのがうらめしい。
そんなわけで、ゆっくり休み休み登っていく。3時間ほど登ると白谷小屋があり、
そこでひと休み。それからさらに1時間ほど行くと、『もののけ姫の森』と呼ばれる
森がある。

この『もののけ姫の森』、お察しの通り宮崎駿監督の作品『もののけ姫』のモデルに
なったことから最近そう名付けられたらしいが、やはり地元の自然愛好家の間では
不評をかっているネーミングらしい。ある人などは、観光客に
「『もののけ姫の森はどこですか?』と聞かれたら、そんな森はありません、と答え
ます。」
と言うくらい不評らしい。
そのへんの心理は判らないでもない。今まで自分が愛していたものが、勝手に違う
名前で呼ばれるようになるのは、かなり抵抗があるに違いない。
だが、僕は映画『もののけ姫』は好きだったので、まあそんな名前もアリかな、くらいに
しか思わない。むしろ『ヤクスギランド』の方が、名前としては、おいおい、と思う。

それにしても、気楽なロケハンのつもりが、いつのまにやら本チャンの登山撮影と
なってきた。しかも雨。しかし、後になってこの日頑張ったことが効いてくるのだ。
雨の森の美しさは言葉では言い表わせないほどだ。ため息がでてしまう。
人間が入らないまま何千年も森が育っていくとこうなる、という見本みたいなものだ。
どこを撮っても絵になる。そしてだんだんその美しさに慣れてきてしまうほど、
どこを見てもたまらないほど美しい。

2005年05月07日

そのろく

映像の方は素晴らしいものがどんどん撮れていくのだが、音はというとなかなか
録れない。音を録るときは観光客のいない時間帯でないと無理なのだ。
マイクは何百メートルも先の話し声まで拾ってしまうことがあるので、暗いうちに
出発して、明け方頃に録るのが好きだ。
夜の世界から朝の世界に変わっていく、そのグラデュエーションのような時間帯が
最も好きだ。
今日は撮影のロケハンのつもりだったので、どうせ音は録れないだろうと思いつつ、
映像を撮るたびに、録音もしてみた。やはり静寂感を録りたい森などは無理だった。
せせらぎは登山道から離れればなんとか録れた。まあ今日は映像中心でいいだろうと
割り切った。

yaku_mori_03.jpg

太鼓岩への分かれ道の手前まで行き、そして引き返すことにした。
戻りながらまた撮った。帰りは少し遠回りになる原生林歩道から帰ることにした。
これがさらに後で我々を苦しめることになる。

帰り道にはせせらぎがたくさんあった。せせらぎは是非撮りたいもののひとつだったで、
たくさん撮った。なるべく長い時間、フレームを動かさないで写真のように撮って欲しい
と頼んで撮った。ビデオだが写真のような動きの少ない絵にしたかったのだ。
人間は目から入る情報量が増えると、意識が目の方にばかりいき、聴かなくなるからだ。
僕は音を聴いて欲しいのだ。音がメインといってもいい。そんな映像作品にしたかった
のだ。音と映像が同じくらいの比重を持つ、そんな作品にしたかった。
だから、目から入る情報量をコントロールするために、なるべく動きのない映像を
撮りたかった。

撮影班は僕の意志をよく理解してくれて、普通のビデオカメラマンが、やらなければ
気が収まらないくらい必ずやる、パンやズームインズームアウト、といった絵の動きを
極力避けた映像を撮ってくれた。

さてそろそろ帰ろうか、と機材をかたずけ、ザックに仕舞い、山道を帰るのだが、
この遠回りの道、下りだけでは無かった。恐ろしいほどアップダウンがキツイのだ。
いつまでたっても里にたどり着けない。そうこうしているうちにだんだん日が傾いて
くる。時計を見る。地図を見る。
「おい、、、やばいぞ・・・」
そんなことを言ってるうちに疲労が限界に近づいてくる。特に撮影班の疲労は激しい。
体力では誰にもひけをとらないはずのもりもっちゃんが、めちゃくちゃにバテている。
小坂は口がきけなくなってきている。僕のくだらない冗談にも笑えなくなってきている。
僕は僕で、身体が山に慣れてきたとはいえ、辛いにかわりはない。
足が痛い。荷物が肩に食い込む。少し歩いては休み、休んでは歩く。ただただ
これを繰り返すだけだ。
行き道では誰よりも元気だった小坂が完全にへばりはじめた。もりもっちゃんの
顔つきがかわってきた。もう限界だ。それでも歩くしか他に選択肢はない。
ただただ歩く。谷を降りる。また登る。その繰り返しだ。
そして、やっと登山口が見えてきた!

やった〜〜!!

yaku_albm_01.jpg

人間、不思議なもので、そうなるとまたどこからともなく、余分な元気がわいてくる。
元気のリザーブタンクがあるんだね。そのタンクの残り少ない元気をふりしぼって
登山口まで戻った。
もし、今までの人生で辛かったことのランキングを作るとしたら、間違いなく3位には
軽く入るだろうと思うくらい、辛かった。
しかし、美しいものを手に入れた喜びはその何十倍も大きい。

2005年05月13日

そのなな

さて昨日は、山登りの達成感といい仕事をしたという満足感から、夜は酒盛りだ。
とはいえ、達成感や満足感が無くても酒盛りをしているじゃないか、と言われれば
その通りなのだが。そんなわけで、スタッフ一同、といっても僕を含めて3名は
またもや『潮騒』へ。いつも通りの刺し身ー焼き物ーその他多数のツマミ系+生ビールー
三岳、というお決まりのコースをひと通りこなし、宿へと戻る。
さすがに疲れていたので、一同速攻でふとんに入り3秒で爆睡。
僕のお決まりの夜明け前出発も明日はなし、と決めていた。
そんなことをしてたら死んでしまう。

朝は爽やかに目覚めて、、、と言いたいところだが、身体のあちこちが痛い。
足はどういうわけか痛くないのだが、腰が張っていた。重い荷物は腰にくる。
もりもっちゃんは、足が筋肉痛でたいへんらしい。だから僕と小坂の足が痛くない、
というのが気に入らないようだ。
『ええ? ホント? おかしいなぁ〜〜、オレ足カチカチだぞ、みんなもそうだろ?
え? 違うの? おかしいなぁ〜、ミエ張ってない?』
と、しきりに繰り返す。もりもっちゃんは高校時代サッカー選手だったので、
身体はガッチリしているし、いかにも元体育会系という感じがする。
そんな彼だけが筋肉痛になっているのが不思議だった。

『それはね、もりもっちゃん、僕らは筋肉痛になるような筋肉そのものがないから
筋肉痛にならないんだよ、きっと』と言うと、『そうか、そうだな。』と
納得していた。

さてそんなわけで、今日はちょっと楽しような、ということで夕景のロケハンと
途中目に付いたものは撮る、ということで出発。西部林道から大川の滝あたりを
走り回りロケハンをした。お、ここはいいね〜、という川があったので機材を
降ろして撮影を始める。僕も録音機材をかついで、川のあちこちを歩き回り、
ほど良いスポットを探し回る。右手には三脚にセットしたバイノーラルマイク、
背中にはレコーダー、ケーブルなどを詰めたバックパックを背負って川を横切るため
石伝いに行こうとしたとき、ぬるっ! 濡れた石は苔で滑るのであぶない、という
基本を忘れ、うっかり濡れた石に足を置いたその瞬間だった。
すてーんと見事に転んでしまった。その1メートルほど下は崖のようになっていて、
転び方次第では下まで転がり落ちるところだった。あぶねぇ〜〜!
その転んだときに右手はマイクのついた三脚を持っていたので、反射的に左手を
ついた。マイクは濡らさずにすんだが、おかげで全体中プラス機材の重みが左手に
かかってしまった。もうかれこれひと月以上になるが、左手はまだ痛い。


(注)この『屋久島ロケ日記』は2005年4月1日から4月12日の間に
行なったロケの記録を元に書き起こしています。

2005年05月16日

そのはち

以前にもお話ししたが、屋久島の飯は抜群に美味い。そんなわけで、一同夕食は
最大の楽しみといって良かった。居酒屋系のお店が多いなかで、島に1軒だけ
寿司屋がある。『若潮』というお店である。
今夜は寿司食いに行こうということになり、3人そろってウキウキと出かけた。

僕は去年来たときに一度だけ行ったことがあった。カウンターが空いていたので
並んで座る。生ビールを頼んで突き出しをつつきながら、のどを潤す。
親父さんが、「お客さん、去年もいらしてましたよね?」と聞く。
「はい。でも良く覚えていらっしゃいましたね。」
実はこのやりとりは島に来てからあちこちで何度も繰り返された。空港にある
土産物屋のおばさんにまでそう言われた。どうも一度会うと覚えられてしまう
タイプのようだ。僕はどこでもそうなのだが、特に島に行ったときは、なるべく
土地のひとと仲良くするようにしている。道ですれ違ったおばあさんとかにも
挨拶をする。それが島の外から来た人間の礼儀だと思っている。
それに島の人と仲良くなることで、いろんなことを教えてもらえる。地元の人の
情報はとても貴重なのだ。

そんなわけで、若潮の親父さんも覚えていてくれた。この親父さんは栗生という
集落の出身だそうだ。栗生には浜がある。数ある屋久島の浜の中で、僕はこの栗生の
浜の音が一番好きだ。本当に優しいいい音がする。ただ栗生は屋久島の中でも最も
宮ノ浦の町から遠い集落だ。だからあまり開発されておらず、昔の島の暮らしが
よくうかがえる。それも栗生が好きな理由のひとつでもある。

そのことを親父さんに言うと、本当に嬉しそうに喜んでくれた。栗生は観光客が来る
ところでも無いし、島の外の人間が栗生のことを好きだと行ってくれたのがよほど
嬉しかったのだろう。親父さんは、ちょっと待ってな、というと厨房にひっこみ、
次々といろんな料理を作っては出してくれた。もちろん僕らはかたっぱしからたいらげ
ながら、三岳をしこたま飲んだ。島のひととのふれあうのは本当に楽しい。


(注)この『屋久島ロケ日記』は2005年4月1日から4月12日の間に
行なったロケの記録を元に書き起こしています。

2005年05月18日

そのきゅう

最初の白谷雲水境での山登りのダメージが癒えたころ、我々はもう一度白谷に
行くことにした。喉元すぎれば、、、というやつであろうか、あの辛さを忘れた
わけでは無かったのだが、それにもましてあの美しさに魅せられてしまったのだ。
おのおの前回の経験から学習し、装備に手を加え、持ち物チェックを入念にし、
いざ白谷へ。
前回は雨だったのに、この日はうって変わってドピーカンのいいお天気。
僕的には嬉しいのだが、撮影班はやや不満そう。というのは、音的にいうと
雨の日はあまり鳥が鳴かないので、晴れている方が嬉しいのだが、絵的に
いうと、苔や木々の緑は雨が降っている方が、色が深くて美しい。
なかなか利害が一致しないな、別行動するか、などといいながら、林道を走る。

さて登山口に到着し、重い荷物をよっこらしょと背負い、さあ出発。
最初の10分でまた吐きそうになるかなと思ったら、今回は大丈夫だ。身体が
慣れたのだな。ふんふん、今日は調子がいいぞ、と思っていると、もりもっちゃんが、
『今日はアカン!こらアカンで・・・』としきりに言い出した。
ここ数日の良いお天気が影響して、森が乾いているのだ。苔もややくすんだ
色になっている。雨の日の森の緑のしっとりと深くやわらかい感じを見ているだけに、
カラッと乾いた森はなにかいまいちグッとくるものがない。
それでも山道をどんどん進んで行ったのだが、最初のつり橋を渡ったときに
休憩動議が発令され、荷物を下ろして3人で会議が始まった。

『議長!提案です。今日の森は撮っても意味がないです。』
『議長、この乾いた森を撮るよりも、外に行ってせせらぎを撮りましょう。』
議長であり隊長である僕は決断を迫られた。それでも先に進みたい気持ちも半分、
無理して行って、何も撮れないくらいだったら別のロケーションで何か撮った方が
良いのではと思う気持ち半分。う〜〜〜ん、、、どうしたもんじゃい?

結論は引き返すことになった。

帰り道の3人の足取りが、心なしかルンルンとしているのがわかる。
情けね〜〜〜!


↑こころなしか表情に安堵の色が見て取れる。(笑)

2005年05月24日

そのじゅう

今日は屋久島の美しい風景をご紹介します。


この日の夕方は、宿の裏の川が、ホントに水が流れているのかな?
って思うくらい穏やかで、鏡のよう。
そこに暮れていく空が映り込んで、メチャクチャきれいだった。



そのときの空はこんな感じ。



翌朝、早起きをして、ひとりで山に録音に出かけた。
朝といっても4時くらいなので、まだ真っ暗。そのときに出ていたお月様。
この写真は、屋久島ビデオ作品 「memory of the earth」 の
エンディングに使った。

2005年05月25日

その11

自然音の録音を始めてもうずいぶんになるが、人に自然音のCDを作っています、
というと必ず訊かれることがあった。
『映像はないのですか?』
そう言われるたびに、
『はい。僕は音を聴いてもらいたいので、絵はあえてつけないことにしています。』
と答えていた。

それはもちろん本音なのだが、もともと映像も大好きなので、いつかは映像の
ついた作品を作りたいとは思っていた。だけど、自然の映像の難しさも判っていた。
というのは、それまで数多くの自然を扱ったビデオやDVDを見ていたが、心に
残る物がなにもなかった。

どうしてビデオで撮るとあの美しい自然の感動がちゃちいものになってしまうのだろう?
どうして、夜中の天気予報のように、安っぽいものになってしまうのだろう?
自然の美しさを映像でも伝えたい、いったいどうすれば・・・
これは長年の課題だった。そして自分なりに考えて、いろんな方法を模索していた。

ひとつの鍵は、目から入る情報を制限することだった。
人間の知覚は、正確には解らないが、相当のウェートが目から入る情報に偏る傾向に
ある。それは知っていた。人間は目から入る情報を重視する。
目と耳と両方から入る情報に対しても、その注意力のほとんどは目に集中する。
僕はなんとかもっと音を聴いてもらいたかった。

あるとき、自然の写真ばかり撮っているカメラマンの作品のスライドショーを
見た。そのときバックで音楽も流れていたのだが、それはそれは素晴らしい作品だった。
自然の美しさがストレートに心に届いてきた。写真は動かない。だからいいのだ。
そのことに気がついた。ビデオは情報量が多過ぎるのだ。ビデオを作る人は映像
だけで、見るひとが退屈しないように、数多くのカットを使う。
それは自然を楽しむテンポ感とはかけ離れているのだ。
カット数を極力減らし、ひとつのカットを出来るだけ長く見せる。カメラを
動かさない。そうすることで、目から入る情報量を制限し、目と耳との情報量の
バランスをとってみようと思った。

今回の屋久島のビデオではそれを初めて試すことが出来た。
多くの人が共鳴してくれた。感動してくれた。それが嬉しかった。

ハイビジョンの映像は素晴らしく美しい。静止したカットでもじっと見ていても
飽きるどころか、引き込まれていくほど美しい。そこに自然音でストーリを構成し、
音楽を少しだけ加えてみた。そこには自分が長年頭のなかで思い描いていた世界が
広がっていた。



大川の滝を下ったところにある小さな入り江での夕日。
素晴らしく美しかった。

2005年05月28日

その12

屋久島の風景です。



↑紀元杉近くの山の上から。
これから朝日が出てこようという朝焼けを木々のすきまから見たところ。
この夜の世界から朝の世界に移り変わる時間帯が一番好きだ。



↑前の写真を撮った後、山の上で録音して、その帰り。
林道が開けたところからから見た朝の風景。
朝日は顔を出してから登っていくのがすごく早いように感じる。
これ、日の出からまた1時間くらいしか経ってない頃だよ。もうこんなに日が高いもんね。



↑まだ日が高い遅めの午後。雲の間から光が放射線状に差してとてもきれいだった。
右下の岩の上に座っているのは、小笠原から遊びに来たという女の子。
僕が録音している間中、ず〜っと海をながめていた。



↑日が落ちた後の薄明かりのいなか浜。
この日は雲の中に日が落ちていった。淡い色合いの夕焼け。
真っ赤な夕焼けもきれいだけど、こういう色合いの夕焼けも気分がしっとりして
気持ちいいね。

2005年05月29日

『 美しき地球の記憶 』

屋久島から東京へ移動し、映像と音の編集作業に入り、音楽を作り・・・
あっという間に1ヶ月の時間が経過した。本当は長くても2週間くらいで
終わらせる仕事だったのだが、間にゴールデンウィークがはさまったり、
処々の事情で、スケジュールがどんどん後ろにずれこんでしまった。
でも、お陰でゆっくりいろんなことを考えたり、試したりも出来たので、
結果的にはすべて良い方向に進んだと思う。

そういう時間を与えてもらえた幸運に感謝している。
それに、本来であれば、何倍ものバジェットが無ければ出来ないことを、やらせて
くれたスタジオビビッドの協力無くしては、この作品は生まれなかったと思う。
そして、なにより、僕を信頼してくれて、まったく自由に思い通りに作品を作らせて
くれた、クライアント=鹿島建設には、心から感謝している。

この作品のタイトルは、『Memory of the Earth』邦題は『美しき地球の記憶』と
つけた。何世代も先の僕の孫達が、おそらく今とはまったく様変わりしているで
あろうこの地球で、この作品を見て、ああ、あの時代の地球はこんなに美しかったのだ、
ということを伝えたくて、この作品を作った。これは全ての僕の作品に共通する
テーマだ。次の世代に、今の時代の地球の美しさを伝える。
それが自分の仕事だと思っている。

『美しき地球の記憶』はハイビジョン映像で撮影され、音は今可能な最高レベルの
デジタル録音で収録した。それだけに、このクォリティーを再現出来る環境が
整ったところで、より多くの方々に見ていただきたいと思っている。
どうすれば良いのか、それはこれから考えていこうと思っているのだが、
何か良いアイデアがあれば、私信メールででもご提案いただければと思う。

またこの作品は東京メトロ有楽町線、護国寺駅の側にある鹿島建設の『目白プレイス
マンションギャラリー』で今月末より、一年間流される。http://www.nomu.com/new/mejiroplace/
お近くの方はそちらの方に、どうかお立ちよりいただきたい。

2006年03月12日

散歩亭

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屋久島に散歩亭という店がある。安房川にかかる安房橋のたもとにあるバー&
レストランだ。ここのバーに座って外を見るとまるでヨーロッパの小さな街に
いるような気分になるほど洒落た店だ。
この店は主人の緒方さん、奥さんのうららさん、うららさんの妹さんの
樹音(じゅおん)さんの3人を中心に切り盛りされていて、とても家庭的で
暖かい雰囲気のお店だ。

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僕が最初に屋久島に来た時に見つけたお店で、島に滞在している間、毎日のように
通っては飲んだ。地元の飲み屋で飲むことの利点は、いろんな人に出会って
土地の情報を仕入れることが出来ることだ。
もし屋久島に行かれたら是非立ちよって見ることをお勧めする。
料理もお酒も美味しいし、なにより美味しい時間を過ごせる。

2006年05月11日

屋久島再び

inaka.jpg

大阪でのライブトークを終えて、その足で屋久島に来た。
今回は3泊4日という駆け足日程だけど、やっぱり島はいい。

屋久島は、今回が3回目なのだが、前回、前々回共、結構長期滞在
しているので3回目にしては、島のことも良く知っているつもりだし、
知人友人も多い。屋久島は奄美大島と並んで大好きな場所だ。

共に近くにある島なのに、文化、食べ物、人の気質も違っているのが
面白い。共通するのは時間の流れ方。
ゆったりと、ゆるやかに時間が流れている。大阪でのライブの苦い
記憶をゆったりと癒してくれる。

そんな思いでを東京に向う便を待つ鹿児島空港で書いている。

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